フェンスの向こうのアメリカ

伊達と粋がりと酔狂だけで基地の在る街で僕は半年程過ごした。
随分と以前の事である。
そうしたかったのだ。
その頃の僕が。
国内からすれば南の方だった。
その故その当時の血縁、知人、関係者各位には
必要以上に僕の面倒で面倒が多かったと思う。
「なう」の僕の気持ちは「感謝&陳謝」だ。
24.5年前の事となってしまった。
「芭蕉布」の製作現場は凄かった。
おざなりの社会科見学だったにも関わらずにだ。
タイトルの楽曲はその頃の僕のフェイバリットだ。
合掌。