シャッター・アイランド

「どっち」で僕は観る事を進めていたのだろうか?
更にエンドロールが上がり始めてからも
「どっちなのよ?」と感じていた。
「ネタ晴れ」の感が在ります。
御了承の上で御願いします。

All Rights Reserved.

マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演の2010年度の米映画である。
共演はこの方もこれまたかなり憎い、マーク・ラファロであったのだ。
「ゾディアック(06・デビット・フィンチャー監督)」の時も良かったよなぁ。
「ブラインドネス(08・フェルナンド・メイレレス監督)」の時も勿論なのだ。

All Rights Reserved.

先日、ユナイテッド春日部で観て来た。
観終わってから以前に鑑賞した詳細は忘却の彼方の多くの作品が僕の記憶の中でちらちらと浮かびは消え、浮かびは消えしていた。
その中でもふたつの作品は僕の記憶の中で強く呼び起こされた。
僕は現在でもこの二つの作品は消化不良の様な気がするが。
「去年マリエンバートで」「去年マリエンバートで」(1960年・仏・伊、アラン・レネ監督)」
「時計じかけのオレンジ」(1971年・英、スタンリー・キューブリック監督)」である。
故・アーサー・ミラー氏の戯曲が原作の「クル―シブル(1996年・米)」という作品もあった。
監督はニコラス・ハイトナーでダニエル・デイ・ルイスが主演である。
こちらの作品は17世紀末に米国のマサチューセッツ州のセイラムで実際にあったらしい「魔女裁判」の事件を1950年代当時に米国で繰り広げられたマッカーシズムに照らし合わせているとの事らしいのだ。
何時も何時もまとまりなく僕はキーボードを叩いているが今回は特にひどいなと、自分でも思う。
しかしながら「一丁あがり!!」みたいな彼ら医師達の悦に入った表情を僕は好きにはなれない。
って事は僕は鑑賞の後にもディカプリオ演ずるテディ・ダニエルの肩を持っているのだろう。
つまり、僕はあっちで観る事を進み終え、現在でもそうだと、思う。
違うかもなぁ。

まとまり無さついでにもう一本僕が好きな作品を登場させたい。ジェシカ・ラング主演の「女優フランシス(1982年・米)」で劇中の彼女はロボトミー手術を施されてしまっていた筈である。
彼女は実在の女性だったとの事である。
ロボトミー手術となれば僕はジャック・ニコルソン主演の「カッコーの巣の上で(1976年・米・ミロス・フォアマン監督)」なのである。
その他にも思い出された映画は在った。
「羅生門(1950年・日・黒沢明監督)」とか「ブレード・ランナー(1982年・米・香港・リドリー・スコット監督)」とか「メメント(2000年・米・クリストファー・ノーラン監督」とか、だ。
スコセッシ監督は現在、故・遠藤周作氏の原作の「沈黙」の製作の準備にとりかかっているらしい。
観たいよなぁ。