月下美人

夏の夜半にたった一度だけ開き僅かな時のあいだで凋んでしまうお花の様だ。

メキシコを原産地としてサボテン科の一種で常緑多年草であり中南米の熱帯地方以外に自生している所は少ないが太平洋に浮かぶ硫黄島には自然群生しているそうなのだ。

「おれのつれに何してけつかるんじゃい」と啖呵を切ったその人は雷児で僕は小気味良かった。活字ではあったのだがその音が僕には聞こえて来たのだろう。
1939年ポーランドから生きる為にリトアニアからモスクワへ、シベリアを抜けウラジオストックそして敦賀から神戸へと流れ着いた少年がいた。アンドレイという名前の彼はユダヤ人と、この空の下では認識されている。雷児の啖呵はそのアンドレイに彼の外側からの面倒に対して向けられた言葉だった。と、僕は思う。

「蛇骨湯」の湯加減はスペシャルに寛容で二人のそれぞれの気持ちを融解させ、絆を結びつけたんだろうなぁ。不覚にも僕はかなりヤバくて込み上げて来て液体の面倒の処理に時間を取られた。この僕の感慨は手島龍一氏のフィクションの作品の「スギハラ・ダラー」
でもたらされたのであった。

この作品を読み終えてからここん所話題になっている多くの中での一つで僕が気に成っている事柄が在って以前に斜め読みした「葡萄酒か、さもなくば銃弾を(08・講談社)」を再び手に取った。著者は同じく手島龍一氏である。そのエピローグは僕にとってはとてもとても大きくて何とキーボ-ドを叩いたら良いのか解らないのだ。

1930年に日本に生まれた国際政治学者である故・若泉敬氏の記した事柄を手島龍一氏がある縁の様な必然の様な物で関わった事実を踏襲し文字を紡いでいたのであった。「レクイエム」となるであろう音を探したが結局。

僕は僕が好きなWolfgang Amadeus MozartのSymphony No25で今夜は〆させて貰おう。