朗読者

朗読者 (新潮文庫)
ベルンハルト・シュリンク著(松永美穂訳)の小説である。1995年にドイツで出版された作品だ。僕は新潮社の文庫の方で先月の梅雨明けの頃に読み終えた。 映画化された「愛を読む人」は梅雨の始まりそうな頃に観た。不遜に聞こえるかもしれないが時間の谷間で全く期待もせずに観たのが良かったのだろう。(08、米・独合作、スティーブン・ダルドリー監督))詳細を知らなかったのだ。唯一の「頼り」はイギリスの出身の前記の監督の名前である。過去の二つの作品の感じが良かったからである。もちろん、この作品も好きである。      

原作がこの惑星の20以上の言語に翻訳され世界的なベストセラーになっているという事も 知ったのは後になってからである。タイトルに「愛」などという単語が登場すると僕の場合はこそばゆくなってしまいその時点で「やれやれ」と感じてしまう。これはこれで確かな偏見で「食わず嫌い」だろう。自分でも「良い歳のおとっつぁん」なんだから自分で自分の「お楽しみ」を遥か彼方へ追いやってしまうのは「つまんないんじゃないの?」とも思うのだが・・・。

映画でも小説でも物語としてハンナがマイケルの近くから姿を消してからの展開は素晴らい。僕は驚きの方が強かったのだがやはり、時を遡らざるを得なかったのだろう。そこには第二次大戦中の隔てられる以前のドイツ国家が在りナチスが当時の政権を担っていたのだ。その状況下でハンナが自分の暮らしぶりをいくらかでも良くしようと懸命だったのだろう。意にそぐわない役目を背負わされ自分の他人には知られたくない事柄を携えながらも。      

僕が原作を気になったのはマイケルがハンナに朗読していた「本」である。マイケルが自分の読みたい「本」を朗読していたのか? それともハンナのリクエストで選ばれた「本」だったのか?そしてそのタイトル・・・・・などもで、ある。映画の方で僕は吹き出してしまったシーンが在った。バスタブの中でハンナが 「恥を知りなさい」とマイケルに言い、その直後に 「続けて・・・」とせがむ所だった。「チャタレイ夫人の恋人」(D・Hロレンス(英)・1928)だったと思う。 色々と物議を醸した作品である事を僕は知ってはいたのだけれども・・・。  

この作品に関しては内容から遥か遥か彼方の遠い所の方で噂話だけでオリジナルに触れる機会は無かったのである。原作の小説ではこのタイトルは登場しなかった。ベルンハルト・シュリンク氏は現在大学の教授だそうだ。翻訳の方で読んだので何とも言えないのだがとても平易な言葉を選んで執筆されたと感じられた。「文字」を追う事の「お楽しみ」を殊更に感じてまった僕である。この映画と小説に触れられた事は凄く良い事であったのである。