舌の記憶

舌の記憶 (新潮文庫)筒井ともみさんの作品で新潮社の文庫の方で僕は読んだ。   平成19年の8月に出版されていて   その頃に購入していたが何故か読まずに放置状態で   先月、手に取り、最後のページまで辿り着いた。     記憶の源が「食べ物」のせいかとても親近感があった。   僕より少し年上の東京の女性が幼かった頃に   口に運ばれていた物とその時に一緒に居た方々のお話であった・・・と、思う。   紹介の文章には昭和30年代・・・と、記されていた。       活字を追いながら耳に届く音はどんな音が良いのだろう?   お気に入りの歌姫やバンドのCDを選ぶのも一つの妙案だろう。   「ヴォーカル無し」とか「洋楽」とか「邦楽」とかは関係無く   僕の場合は単細胞なので音の無い空間で読むのがどうやら良い様だ。       先月の末にオフが余計に取れたので   「墓参」の為に2年振りに実家に行った。   バッグにこの文庫を放り込んで。       この様なノスタルジーを誘うたぐいの本を   久し振りに母に会うタイミングで読んでは、マズイ。   チョイスのミスである。   「もうひとばんおとまりして行こうかな?」   などと思ってしまうからだ。   「あれが食べたいんだけどさっ・・・」   などと、ほざいて「おねだり」なんかしてしまったら   これこそ、最悪である。   母の食べたい物を僕が御馳走するのが「すじ」である。       結局、この「舌の記憶」を   某美術館のカフェで読み終えた。   窓から視界に届く風景は僕を涼しくさせていた。   僕の背後のテーブルには初老の女性が一人で座っていた。   母よりは年令は多く無さそうだった。   カフェとの方々とも幾らかか見知り越しがある様で   「ランチを・・・」と迷う事無く注文していた。     残りのページが少なくなったあたりで   背後から根野菜を噛む時に出ると思われる音が聞こえて来た。   耳障りが悪くなかったので「何をオーダーしたのよ?」とか思って   メニューを見ると彼女が選んだ本日のランチのメニューは   「蓮根のコロッケ」だった。   「良い音がするはずだぜっ」と   僕は音にしないで絶叫した。   「この文庫本を読む時にはこういう音がぴったりじゃん」   と、思った。   臨場感をアップしてくれる。       叩く事までも無いのだがこの「物語」はとても良かった。   その当時のあれこれの情報量も凄く多かったと思う。