ブラインドネス

ブラインドネス
ジュリアン・ムーアさんって、とても素敵な女優さんである。
「何を今更発言」だ。
再認識&惚れ直し&未見作品追っ掛けなのだ。

ジュリアン・ムーア主演、フェルナンド・メイレレス監督の
日本・ブラジル・カナダ合作の2008年度の作品である。
僕はこの作品を寓話・フェアリー・テイルとして受けとめた。
それにしてはとても険しく厳しいお話だ。

「おい、おい、そりゃー無ぇーだろがっ。」
「・・・んな事してる場合かっ?」
「そんなもん腹の足しになるんかよ?」
「威張ると何か良い事あんの?」
ってな事を僕が思う事の連続だった。
でも、日常ではこれらの事が喜びであり、日々の元気の源である、
僕にとって。

日々の日常は「あっ」とか、言っているあいだにすり替わる。
超スピードでブルースが加速し続けていた。
ジュリアン・ムーア演ずる医者の妻が
中指を立てるポーズは限りなく可愛いくて、クールだ。
大拍手・大喝采である。

僕が「何とも言えない部分」ではあるが
「父権」の脆さをも感じさせくれて
あの瞬間彼女達が兵士に見えた。
戻って来てからの彼女達にとっては弔う事が最優先事項だろう。
果たして「兵士」は何を相手として兵士と呼称されるのだろう?
それでも随分と優しくて暖かいお話には間違いは無いと僕は思う。
微かではあるが悪戯では無い希望が投げ掛けられている気がした。
この匙加減が、僕がフェルナンド・メイレレス監督の好きな所だろう。

「ナイロビの蜂(05)」がストライクで
次回作の今回の作品に対して
ぱんぱんに膨らんだ期待を抱いていた
僕は大満腹の御馳走様でしたで、ある。
伊勢谷友介さん演ずる「最初に失明する男」が
再び扉が開かれた時にそこに居る女の子は
あの彼女でなければならないのだろう。
あのカフェ・オレor珈琲牛乳(?)を
僕は頂きたい。

僕には
「運命」とか
「宿命」とか
「業」とか
「カルマ」とか
「ミッション」とか
「責務」とか
「大任」とか
「役割」とかは
無いだろうなと、思う。

劇中の「彼女」を見ていて感じた。
劇中の「彼女」は果たしてどんな「心持ち」で
あの様な事を一人で成し遂げたのだろうか?
聞いてみたい。
「出来る事をした、だけっしょっ」
とか、ヘラヘラ笑いながら
言って貰えると僕は嬉しい。

多分、彼女はこれから自分に襲いかかる物を
きちんと受け止めるだろう。
次に襲いかかる物は彼らが味あわされた以上の物が
彼女を襲うかもしれない。
そんな気がする。
でも、彼女は「独りっきり」では無い筈だ。
近くに「居る人」は増えていると、思う。