バーディ

マシュー・モディーン、ニコラスケイジ共演アラン・パーカー監督の

84年度アメリカ映画である。

目黒の名画座で「セント・エルモス・ファイアー(ジョェル・シューマッカー監督

85・米)」との二本立てで観た作品だ。 二本立てで800円だったと思う。

88年か89年で僕が一人暮らしを始めた24,5歳の頃である。

「セント・エルモス・ファイアー」の方も良かったのだが「バーディ」の方が

この時の僕の好みに合い好きであった。

この当時、ある年上の女性に「カフェ・バー」に連れて行って貰った。

表参道からワンブロック程脇に入ったお店で自分だけが周りの景色に溶け込んではいなかったと思う。

少し奥の方のテーブルに案内されて最初に彼女はキ-ル・ロワイヤル、僕はドラフトを御願いした。

天井には大きな扇風機が回っていた。いや、フライ・ファンとかいうやつだった。

生ハムとかサラダとかフロマージュとかグリッシー二とかがテーブルに並び、一向に御腹に

ガツンと来る物は登場せずにロゼのアンジュのハーフのボトルが無くなりかけていた。

僕だってザクースカとかアミューズとかオードブルとかアンティパストとか

前菜とか突き出しとかおとおしなどと呼ばれている類の品々は

初めて行くお店のお楽しみであり、大好きである。

ただこの時の僕は胃の隅々まで届く物が欲しかったのである。

初めに頼んだボトルを飲み終え、

「ブルゴーニュの赤でフル-ティなタイプの物を。お任せするわ」と

彼女がギャル曽根ではなくギャルソンに持って来て貰ったワインリストを開かずにオーダーした。

その時の彼女の話し方や表情を今、現在、思い出し、感じ取ればとても素敵であった。

ギャルソンが簡単にワインを紹介して彼女の細い柔らかいカーブを描いた顎のラインが下がり

音も無く、コルクが抜かれた。

ギャルソンは今度は小気味良い音を響かせながらオープナーからコルクを抜き、鼻に近付けた。

ギャルソンがテイスティングの動作に移ろうとした時に彼女は「飲もう」と言い、

彼には「ありがとう」と言ってボトルを奪い、僕のグラスに半分程注いでから自分のグラスにも注いだ。

彼女が先に唇を付け「悪くないわよ」と言い僕にも勧めた。

僕も飲んだ。味は解らなかった。

僕がグラスを置くと彼女は「どんなタイプの女の子が好きなの?」と聞いてきた。

彼女もグラスを置き、グラスに付いた口紅を親指で小さな動きで拭き取った。

その指先の動きは艶かであった。

数秒の沈黙の間に僕は以前に何かの雑誌で読んだ故・久世光彦さんのコラムの事を思い出していた。

薬指の事を別名で「紅差し指」という事をこのコラムで知り

「なんか良いネーミングだよな」と思っていた。

(詳細は著作の「昭和幻燈館(87・晶文社)」にお任せします。)

聞かれた事なんか全く考えずに「今の親指の動きに合う名前も在るのかな?」

とボケッとクルクルと呑気に回るフライ・ファンを見つめていた。

「ねぇ、人の話聞いてる?」と言われ我に返った。

「めんどくせぇなぁー。その手の話。今、御腹減ってるんだよなぁ。

焼肉屋さんで生ビールの方が良かったよな」

と言う様な思いで照れを封印してからこの雰囲気を打破しようと思い、

「ワンレンのボディコンでヴァ-ジニア・スリムの

メンソールを美味そうに吸って鼻から煙を出す女」

と小学校の時の健康優良児風に滑舌良く答え、コンマ2秒の後に

テーブルにあった使用中の灰皿が僕の顔面にヒットした。

頬を二針ほど縫い額の少し上の所には土偶の形をした小さなハゲが出来てしまった。

この時の彼女の佇まいと出で立ちを思い起こせば「ブルックス・ブラザース」とか

「ラルフ・ロ-レン」とか「バーバリー」などのブランド名が自然と20年近く時を経た今でも頭をよぎる。

凄く悲しいやら悔しいやらで泣きながらおばあちゃんに電話して慰めて貰おうと事の顛末を語ると

「口は災いの元。気を付けなさい。相手とT・P・Oを見極めなさい。

ジョークの狙いのポイントはディフィカルトなのよ」

と言われ200%その通りだと思い

「人生は日々修行だ」という一番安易な所で自分を納得させてから深く反省した。

もう、御気付きだとは思うが「カフェ・バー」からの件は捏造である。