地獄の黙示録 特別完全版

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2年ほど前に叩いた物です。2005年仲春、3度目となる「地獄の黙示録・特別完全版」を観た。当然ではあるが自宅でのDVDだ。結局、2003年の公開時には劇場では見逃してしまっていた。全く、勿体無い事をしてしまった。最初に記して置くけれどもどちらかというと僕はやはり初公開当時の方が好きである。蛇足とは決して思わないのだけれども。

例えばリユック・ベッソン監督の「レオン」とその「ディレクターズ・カット版」であればあーだのこーだのぶつぶつ言える。蛇足だの説明過多だのあんまりべたべたしないで欲しいよな。最初の「レオン」だけで十分だよ。ヌルクしないでよ・・・などなどである。しかしこの特別完全版はイワユルのブツブツは無いし全く違うのだ。

当然、前作を観た時の思い込みが強かったしその後も幾度なく繰り返して観ているから仕方が無いと言えば仕方が無いのだ。16歳という年齢にとっては刺激が改めて大きかった作品だったのだと思う。当然、16歳という年齢の頃は映画だけではなく外界から受ける刺激をとてつもなく拡大解釈をして受け止めてしまうものではあるとは思うが。

現在の所一番気に入っているポイントはロバート・デュバル演ずるギルゴア中佐の爆走振りがパワーアップした所である。フレンチ・プランテーションやバニー・ガ-ルとのイチャ・イチャのシークエンスも必要であると思う。虚無ではないとてつもない寂しさの空気の醸し出され方は素晴らしい。所で立花隆氏がこの「地獄の黙示録」及び「地獄の黙示録・特別完全版」について物凄い本を書いていたのである。その題名もその物ズバリの『解読・「地獄の黙示録」』だ。興奮していたのだろう。俺が読まなくて一体誰が読むのだろうか?と思った。

本当にこの「アポカリプス・ナウ」(原題)に関しては唸ったり興奮したり忙しいのである。

伊藤園の梅昆布茶をすすりながら朝刊の下の方の文庫本の新刊案内を見ていてこの本の存在を発見した。すぐに一生に3回しか使えないというテレポテーションという技を駆使して本屋に移動である。勿論早朝の為に近所の余命幾許も無いであろう個人の本屋さんは閉まっていた。早朝の7時38分である。

初老の店主である親父さんは天気の良い日に干したであろう折り目は無いが肌触りの良さそうなコットンのべージュのチノパンにネイビーのタートルのニット姿で店の前を掃除していた。

事情を話すと快くお店を開けてくれて皺のある太くて短い指でお店のロゴの入ったライト・ブルーのカヴァーを文庫本のサイズに合わせてシャツにアイロンを掛けるように丁寧に折り目を入れて掛けてくれた。僕はとてつもなく嬉しくなって「ありがとう」と言わなければと思った時に親父さんは突然「後の2回はもっと大事な時に使わないと駄目だよ」と、そっぽを向きながら言った。

「どっ、どうしてそれをご存知なんですか?」とチーズを食べている所をトムに見つかったジェリーの様に僕は慌てふためき驚きながら言った。親父さんはそれには答えずに「2時間と少しぐらいなんだからさ。我慢も必要な時も有るさ。仕事だったら別だけどな」と本を差し出した。

僕は自分が滝にでも打たれたり座禅をしてこん棒では痛いので平たくて薄い細い板で肩でもビシッと叩かれたり10日間程絶食などをした方が良いのかなと思いながら黙って本を受け取り店を後にした。

バレバレでは有るとは思うが本屋からの件は嘘である。初めて立花氏の著作に触れたのは「宇宙からの帰還」だった。詳細は忘れてしまったが凄く興味深かった。宇宙からこの地球という惑星を一目見てみたいと思った物である。マーキューリー計画を描いた「ライト・スタッフ」(83)を見た後だったので尚更であった。その後に何冊か読んだけれども次にビッグエキサイティングだったのは「臨死体験」だった。

三途の川を行ったり来たりした人の話(?事実は解からないけれども)を膨大な資料と脳のメカニズムでここまで書くという所に恐れ入るしかなかった。ただただ「ご馳走様でした」だった。

しかしながらこの本に関しては実は期待と同時に不安も有った。どーしてもフィールドというか分野が違う様な感じが僕はしていたのだ。これは僕の全くのあほんだらの証拠であった。2,3ページ読んだだけで「何も知らずに申し訳ございませんでした」と立花隆氏の自宅の方に向かって最近一段と広く成って来たオデコをカーペットにこすり付けた。

今日は何故か洋物のこってりした物が食べたい。
例えば ・・・。
デミグラソースのたっぷりかかったハンバーグ。
クリーミーなホワイトソースで煮込んだロールキャベツ。
ゴルゴンゾーラやフレッシュ・モッツァレラを絡めたパスタ。