ラスト・ショー

ラスト・ショーAll Rights Reserved.

1971年度のピーター・ボクダノビッチ監督のアメリカ映画である。
僕が20歳前後の頃に観たので83年か84年の頃である。
公開されて10年以上の時間を経て鑑賞したのだがリバイバル作品としてロードショウ作品として観た作品ではない。
場所ははっきりとは覚えていないが東京駅の近くの「八重洲スター座」だった様な気がする。
所謂名画座で閉館してからも随分と時間が過ぎている。
とても寂しく切ない内容の映画であった。
何とも寒々しい感じが凄く伝わって来た事を覚えている。
でも、かなり好きな作品である。

以前に今まで観賞した映画をもう一度、今・現在、全てを見直したらどんな思いがするのだろうか?と考えた事が在った。
過去のとても思い込みが大きかった作品をもう一度観たいという欲求に駆られる事もたまに有る。
その時に「止めとこうかな」という思いと「観たいよな。やっぱり」という思いが二つある。
「止めておくかな」と、言う場合は、あの時、あの年齢で
あのシチュエーションで観たからこそ作品の世界を充分に堪能出来た訳であり、
あの気持ちの大きなうねりを追体験出来る訳が無いだろう・・・。
という事が明確な時である。

「観たいよな。やっぱり」と、言う場合は単純に風景の美しさだったり、役者さん達のさり気無い表情だったりする。
再見したその作品が時に色褪せてしまう物と更に色鮮やかに蘇る物が在る事は事実である。
そして全く逆の場合で「何でこの作品を美味しく頂けなかったのか?」と自問する事もある。
どうやら今回はキーボードで叩いている内容が個人的な迷宮の世界に入り込んでしまっている。
このお話はここまでとします。

「ラスト・ショー」(71)を観たのは「地獄の黙示録」(79)を観た後の事である。
だからサァーファーのランスが僕にとっては実は箒のビリー少年だったのである。
製作された順番に見ている人々にとってはビリー少年がランスにちゃんと年を経て成長しているのだ。
僕も時間の経過と供に観ていたらギルゴア中佐を相手に真剣に受け答えしている
彼の姿を見たら映画の内容とは全く別の所でかなり「受けて」いたと思う。

かつてとてつもなく笑わせて貰った大好きな漫画に「天才バカボン」が在る。
赤塚不二夫さんの作品である。
この中に登場して来る「レレレのオジサン」とビリー少年が
二人で一緒に近所の道端を掃いてくれたら僕も一言ご挨拶の言葉を述べなければ・・・と、思う。
「今日は暖かいですね」とか「何時も助かっています」」などと言ったら・・・。
シカトされんだろうな。やっぱり。多分。

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年が明けてからもう、いつの間にか2月になってしまった。
早い物である。
節分の豆撒きも終わり、今度はチョコレートである。
「貰えるのかな?」とかドキドキしなくなってからもう、既に充分に随分と時間が経っている。
当たり前である。

2,3年ほど前に母に「チョコ今年は食べたの?」と、旬の恵みの様な捉え方で聞かれた事が有った。
母の言葉で僕はこういう所が、最近、益々とたっぷりと嬉しく思う。
母から先日、「鱒の寿司を今度、送ってあげるよ」と電話があった。
楽しみである。