クラッシュ

クラッシュ ディレクターズカット・エディションこの作品の情報を初めて知った時に二つの過去の作品を思い出した。 ロバート・アルトマン監督の「ショ-ト・カッツ」(94年)とポール・トーマス・アンダーソン監督の「マグノリア」(99年)である。両作品とも僕にとってはかなりのお気に入りである。当然ながら期待は膨らんだ。膨らんだ期待は萎まなかった。とても良かったのである。お好みに合ってしまったとしか言い様が無いのだ。直球が嫌いという訳ではないのだが淡い些細な気持ちや小さなエピソードの積み重ねで物語が展開して行くスタイルが僕は好きなのだ。登場人物が多く、物語を牽引して行くキャラクターはハッキリしているが敢えて主役と呼ばれる様な方を曖昧にしている所などもである。そして特に魅力的な事は登場人物に対しての愛着とその柔らかい眼差しである。彼らや彼女らは日々をただただ懸命に過ごしているだけなのだから。

ポール・ハギス氏の製作・監督・原案・脚本の作品である。 第一回監督作品である。出身はカナダで米TV界では随分と御活躍の方であるそうだ。昨年度のアカデミー賞で作品賞・監督賞・主演女優賞・助演男優賞を受賞したクリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」(04年)という作品が有った。 とてもヘヴィーな作品であった。DVDでの鑑賞であったにも関わらず引き込まれた。「好きな作品ですか?」と聞かれたら「そんなでも・・・」と答えるだろう。しかし、「観ておいて凄く良かった」と思える作品だった。元気を貰えるという言い回しは少し違うが不思議なエネルギーを秘めた作品だと、思い出している今でも思う。

この作品では脚本を担当していた 物語はクリスマスも近い深夜のロサンゼルスの路上から始まる。しかし、その日の一日の出来事は昨日の続きである。さて、昨日彼ら彼女らはどんな時間を過ごしたのであろうか? 特に僕が魅かれたシークエンスは鍵屋さんとその娘さんとの妖精から頂いた透明のコートから始まるくだりである。だから銃声の音がした瞬間「もし、何か有ったらブラック・ジャックを登場させる位の事をしてくれよな」と、全くいい年のオジサンは恥ずかしいが思ってしまったのだ。この女の子は死んではいけない。普段の僕ならここで子供を登場させるのは反則だろう。と、思うのだが今回は不思議とそんな気持ちが湧かなかった。もう一人TVディレクターの奥さんも死んではいけないし、あの警官も普段以上にパワーを使わないと観ていて淋しい。 誰もが、何らかの要因で寂しかったり躓いていたり気分がささくれていたりする事が時には有るのでは?と思う。その様な時にはどうしたら気持ちをニュートラルな所へ持って行けるのだろうか?何となくはずみで遣り過ごせたり、上手く乗り切れなかったりしながらも日々をこなしているのでは?と感じるのだ。勿論、当然ながら自分も含まれている。この映画はそのやり過ごせた瞬間とやり過ごせなかった瞬間を描いているのでは?と僕は思う。 記憶がおぼろげで恐縮ではあるが「ショート・カッツ」も「マグノリア」も舞台はロスアンゼルスという街だったと思う。どんな街なのだろうか?そしてどの様な人々が住んでいるのであろうか?

桜がもう少しで満開みたいです。