ランブル・フィッシュ

ランブルフィッシュこの時のミッキー・ロークのバイク・ボーイはとてつもなくカッコ良かった。

フランシス・フォード・コッポラ監督の「ランブル・フィッシュ」(1983年)の時の役柄である。マッド・ディロンのお兄さんの役で耳がよく聴こえずに色盲という設定であったはずである。ストリートにおいては自分の意思とは別な所で兄貴的存在であり、弟からは盲目の尊敬を受けている。しかしバイク・ボーイ自身はその様な対象の自分を持て余しているようである。弟にその事や自分達が住んでいる町以外の存在を伝えたい様ではあるがこれもまた言葉を模索中の様である。残されている時間は短いという事を知りつつも。

 

同じくコッポラ監督の「アウトサイダー」(82年)のオーディションでは年齢が上すぎると言う事で役はもらえなかったらしい。しかしながらコッポラ監督はミッキー・ロークの存在が気になり、次回作となった「ランブル・フィッシュ」での抜擢となったそうである。初めてミッキー・ロークの存在を知ったのはマイケル・チミノ監督の「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」(84年)であった。「ディア・ハンター」(79年)と「天国の門」(80年)の二つの作品で天国と地獄を体験したであろうチミノ監督の復活作品だった。チャイニーズ・マフィアを相手に己の過去を振り払うかの様に戦う姿が印象的だった。ジョン・ローン演ずるジョ-イ・タイに対する感情はとても複雑な様な気がした。何となく犯罪者だけとして観ている様ではない感じもした。

 

今、こうして「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」の事を思い出してみるとオリバー・ストーン監督の色合いが凄く強かったんだなと思う。脚本はオリバー・ストーンである。ブライアン・デ・パルマ監督の「スカー・フェイス」(83年)もそー言えば脚本はオリバー・ストーンであった。お薬つながりの話である。この2本の映画で北米アメリカ大陸で消費されるおくすりの生産地の南米とアジアの芥子畑の存在を僕は知った。フィクションだろうか?でも、リサーチとか徹底的にやりそうだよな。この人。ちなみに今年の5月頃に薬物の種類は発表されてはいないが飲酒運転も込みで逮捕されていたみたいだ。「アレキサンダー」(04)が未見なのでその繋がりとして興業収入だの日本での評価とかヨーロッパあたりでは評価が高く、本国ではさんざんとかあーだのこーだのは何も言えない。

 

おっと、何時もドウリに最初に叩こうと思っていた流れとは違う所にいってしまう。
全く悪い癖である。

 

「レイン・メーカー」(97年)の時のミッキー・ロークは久しぶりに良いと思った。これもまたコッポラ監督である。だらし良くYシャツの袖口をスーツからはみださせてオマケにカフスだかボタンだかを外していた。全く、僕でさえ眉間に皺が寄りそうなたしなみである。しかしながら怪しい感じがとても良かった。この方の話となるとどーしてもあの猫まねきパンチに付いて言及しないと治まりが着かない気もするが今回は無しとする。

 

何とか最新作の「シン・シティ」の所まで辿り着きたいのになかなか前に進めない。

 

全く話が飛んでしまって申し訳ないが先日山田詠美さんの「風味絶佳」という短編集を読んだ。楽しませて貰えたという事実は別として僕は故・向田邦子さんの風味がした。これはパクリとかリスペクトとかインフルーエンスとか模倣などという事を言いたい分では無い。単純に作者の生を受けてからの時間の問題だと僕は思う。対象というか目配りの方向が似てきてしまう物なのかな?とふと思った。

 

繋がりとしてもう少し叩かせて欲しい。現在のミッキー・ロークの事を向田邦子さんならどんな眼差しを持つのだろうか?と、ちらっと頭をよぎったのである。この本を読みながらである。ちなみにしょっぱなの作品が僕のこの短編集の中で一番のお気に入りの奴である。ほどほどに人気が出て浮き沈みが有り最近少し復活の兆しが見える様な米国の俳優である。当然ではあるが故・向田邦子さんはミッキー・ロークの映画は一本も観てはいない。

 

鶏肉の炊き込みご飯が美味しかった夜に。