オペラ座の怪人

   クロゼットとか箪笥とか衣装ケースと呼ばれている場所を整理した。
 
 随分と暖かく成って来てこの機会を逃すとまた何時になってしまうか分からないからでもある。まぁ、整理せざるをえなかったのだ。気が付けば必要と用途が無くなってしまった物ばかりである。4,5年程袖を通していないシャツやカットソーやらウェスト辺りで拒否されるチノやら穴のあいているデニムなどである。
穴の開いたジーンズは一体何時頃まで身に着ける事が出来るのだろう?

二十歳前後でスリムで甘いマスクであればオシャレと言って貰えるかもしれない。
41歳の私には全て過去も今も未来も持ち合わせる事の出来ない要素である。自分的には場所と状況を間違えずに清潔感さえキープしていれば良いとは思っている。たかだか穴の一つや二つである。この一つでも間違えると現在の僕くらいの年齢では「ホームレスの方ですか?」と意味不明の丁寧語で言われても文句は言えないかもしれない。
どちらかというと物はお洋服に限らず捨てられない性質である。ダイエットも試みようかなとさえも思った。無駄な抵抗であるとハタと気付き大英断で処分する方向でドタバタと天気の良いオフの日を使いやり始めた。
いやいや凄い物が出て来た。ノスタルジックを通りすぎたアイテムが。ここの岩槻に引っ越して来る時にも多少処分はしていた筈なのに。何とVANのSCENEのラグジャがあった。レア物をも通り越している。当時これは流行りました。これが今回の一番の思い出商品である。ちなみにSCENEのスペルはこのVANのメーカーのこのブランド名で覚えた。倒産して復活する前のブツである。現在のSCENEとは違うというか別物である。どうしても処分できなかった様なのだ。
誰でもそうだと思うが洋服や本棚やテープやCDの整理などにしてもその購入した頃の事が意志とは別な所で蘇り、手が止まってしまう。
4,5年前に実家となってしまった富山県の高岡市の両親の家で大規模な大陶器市が在った。無論、店主は父であり、番頭さんと言うか店員さんは母である。実家は言うまでも無く、菊谷でもアフターヌーン・ティーでもオレンジハウスでもない。瀬戸物屋さんではないのである。客は当然、僕だけである。何が始まったかというと余っているお皿や小鉢やプレートやグラスの取引が開始されたのである。勿論、金銭の支払いは無い。両親にしてみれば半端になってしまった物の処分と今までに揃えたり頂いたりした物を少し見せたかったのだと思う。
僕の方にしてみればお友達を呼んでご飯をご馳走する時に少しでも気の利いた器が有ればと思っていた。重たい思いをして一人宅急便をしても別に問題はない。
「これは家でまだ使う」とか「あんたにはまだ勿体無い」とか「仕方ないね」とか「これ、欲しいよ」とか「ありがとう」などという遣り取りをしながら夜中までお酒を頂きながらお店は活況であった。
色々見ていると我が家での食卓の風景が蘇って来た。その当時、その季節、そのイベントの時のお皿に乗っていたオカズまで思い出してしまった。僕はその時にこみ上げてくる何かがあった。これは誕生日の時のちらし寿司、これは土曜日の夜のビーフシチューこれは日曜日のお昼のあんかけ焼きそばやチャーハン、これは天ぷらをした翌日の余り物天丼、それからこれは我が家の大イベントの餃子用大皿・・・・・。

結局古着屋に持って行ったのはネイビーのスーツ、スラックス、ジーンズ、アロハ、オープンシャツ、トレイナーなどである。ラグジャも今回処分した。全く期待はしていなかったのだが買い取り価格は100円であった。お店の僕より少し年上の女性は少し困った表情でオマケに僕に対して気の毒そうな表情を浮かべながら「大変申し訳ないんですが・・・。もし、処分されるんでしたらもう少し早い時期に・・・。えーっ。まぁ、現在はサイクルが早い物で・・・」と搾り出すような話し方をしていた。彼女にしてみれば「重たい思いをしてお持ちしていただきましたのに・・・。」という事であろう。これは全く仕方の無い事で僕の方が恐縮してしまった。丁寧な対応をしてもらったと思っている。買い取って貰えなかったらお店の方で処分をお願いするつもりで持ち込んだのである。帰りがけに「随分とスリムなお父様ですね。オシャレな方ですね。スタイルもよろしいんでしょうね」と言われた時は足元には何も無かったのに躓いたけれども。
現在、僕と同じ位の年齢の人々は普段着には苦労しているのではと思う。
カジュアルなウェアである。僕だけかもしれないが。ロープライスでお得な物ばかりだと若作りという印象を与えてしまうし、無理をしてこの頃のアイテムでイケテる辺りを演出しても似合う訳ではない。それなりに落ち着いた物は品質も良いが値段が張る。たまの休みに着る物にしては高価ではともまた、考えてしまう。大体働いていて休みの日のお洋服に神経を使うのも面倒である。どうも居心地の悪い年齢だ。これが50代に入れば幾らか気持ち的にも楽になり、堂々とおじさんのカッコが出来ると感じている。自宅ではジャージの上下でも袖の解れたスウェットでも問題は無い。ただ、そのカッコではコンビニやレンタルヴィデオには絶対に行けない。ほんのお使いみたいな物だから誰に会う訳でもないし、おしゃれをする必要は無い。しかし、ここでこの様な装いを自分に許してしまうと元々、洋服に無頓着な性質だからどこまでもだらしなくなってしまう筈である。食い止めなければならない。これは僕の事である。回りの人々の事は好いのである。たまにコンビ二などでお揃いのパジャマ姿で肉マンをほおばっているオト―サンと3歳位の娘さんを見ると「可愛いな」と素直に思える。
「お揃いでお似合いですよ」と声をかけてしまう時だってあるのだ。これは嘘である。

2005年3月20日(日)と叩いた所で先日劇場で見て来た「オペラ座の怪人」の話をしていない事に気が付いた。

次回は今回の続きです。