殺人の追憶

 先日近所のスーパーで懐かしい一個20円だったと記憶している「あんずジャム」を買った。

駄菓子屋で大昔によく買っていたものである。今回は大袋入りのもので20個ほど入っていた。

お得用サイズである。自分が大盤振る舞いしている様な気がした。

オマケに「リッチなったなぁー」とまで感じてしまった。

全く41歳の大人が何をほざいているのであろうか? 我ながら恥ずかしいが貧乏性である。

 

しかし、この商品に関しては仕方がないのだ。当時は一度に3個以上買うなんて事は僕にしてみればアポロが月に行く事より困難だったのだ。

 ご存知だとは思うが5センチ四方位のサイズで少し厚めのビニールに入っている奴である。端を切り、中から絞りだして吸いながら食べるのだ。

作り方は杏を砂糖で煮込んで柔らかくした物だろう。 僕はこのあまずっぱい駄菓子が大好きだったのだ。

 「プラムのコンポート」みたいなものである。

 

21歳の時である。春休みを利用して北米大陸を旅行して来た。

 なかなか刺激的な日々であった。バスで大陸を横断するのが目的でロサンゼルスから入り、ゴールはニューヨークだった。

 40日程の長旅で後半は日本食が本当に恋しくなった。当然貧乏旅行だったので食事はファーストフードが多かった。

あとはスーパーでパンやチーズやハムを買いマヨネーズやマスタードを塗り付けて食べていた。

戻ったらカツ丼やらてんぷらやらラーメンを食うぞーと思いながらニューヨークからコリアンエアーで帰って来た。

ちなみに017便という奴である。

それからこの「あんずジャム」と「黒坊」という黒糖を使った駄菓子が何故か無性に食べたくなったのだ。

 

 

 15,6時間のフライトだった思う。

 食事が軽食も含め3回か4回は有ったはずである。殆んどブロイラー状態だった。動いていないのだから当然食欲などなかった。

 現在はどの様なシステムになっているのか分からないが、当時の1985年の頃のコリアンエアーはと言うとドリンクはアルコールも含め、フリードリンクであったと記憶している。

 

 超格安チケットだったのでフリーの場合の銘柄は限られていたのは仕方が無い。

その時僕は機内に毛布が配られ明かりが落とされてもなかなか寝付けずにいた。

持っていたヘミングウェイの短編集の文庫本も読む気になれずぼけっとしていた。

手持ち無沙汰で仕方がなく、スチュワーデスさんにウィスキィーの水割りをオーダーした。

J&Bのスコッチだった。

この時はスチュワーデスさんも交代で休憩を取っている様で人数が少なかった。他の乗客はというと比較的に睡眠を上手く取れているようであった。

 

水割りを受け取り、THの発音に目一杯気をつけて「Thank You」と言った。

韓国の女性で綺麗な人であったからである。

 

髪はショートでメイクは目元や口元のあたりはしっかりしていたが全体的にはソフトな印象であった。

明かりの落ちている機内においてはて素晴らしいチョイスである。

グラスをテーブルに置いて頂き、額にかかった前髪を耳の後ろに送りながら、控えめに微笑んでくれた。

 機内はほのかに暗く、時おり低いエンジン音が遠くで聞こえたが静かだった。

 

心の中で「少し話しでもしてくれないかなぁ」と叫んだ事は言うまでもないだろう。

 

ところが、である。何と彼女はグラスを置いてからも立ち去る様子ではなかったのだ。

 

僕はすかさず何か言わなければと考えたのだが喜びのあまりプチ・パニック状態で言葉は出て来なかった。

彼女はそんな僕を察したのか「学生さんですか?」と彼女の方から話し掛けて来たのだ。

 

遠くから見ると僕のシートの辺りだけがほのかに明るくなっていたはずである。

 

 僕は「そうだよ」と答えてグラスに口を付けた。

彼女は続けて「旅行ですか?」とか「どちらの方を回ったんですか?」とか「一人旅ですか」などと流暢ではないが日本語で話し掛けてきたのである。

 

ここでハッキリさせておくが、これはもちろん、僕が寝ぼけていた訳でなく、僕の一人芝居でも、日本食と駄菓子を欲するがゆえに起きた僕の幻覚でもないのである。

 

どぉーんと来た事実である。

 

割り増しなしで一時間近く話しをしていたのだ。

勿論、時々回りを伺ったり、少しの間僕の席を離れる事は有った。他のスチュワーデスが嫌味ではない小さな笑みを浮かべ何度か通り過ぎた。

小声の英語、日本語、韓国語でお互いの自分の事、国の事、アメリカの事をとめどもなく話す事が出来た。

その中で僕の方で特に印象に残っているのが彼女の母国の韓国の徴兵制の事であった。

 

彼女の話から僕が強く感じた事はその2年程の期間を一体自分の人生のどの辺りに設定するかと言う事である。

 大学の入学前なのか就職してからなのか・・・という時期の選択である。

 

大陸を旅行している時にイスラエルから来たという女の子二人と少し話す機会が有った。

アリゾナ州のツーソンという町だった。

ここに行った目的はハリッウッドの西部劇などで使われる古い街のオープンセットが有ったからである。

実はこの時にも徴兵制の事が話題に出たのである。

 

彼女達は銃を構える仕草をしながら懸命に英語で僕に何かを話していた。

僕は半分も理解をしていなかった。

ただ耳に残っているのは「Love Country」である。

もしかしたら僕が見ていたオープンセットの銃のアトラクションと彼女達の見ていたアトラクションは違う物だったかもしれない。

 

数日前の夕食後にテレビを付けると日本対北朝鮮のサッカーの試合が行われていた。ワールドカップのアジア最終予選だった。1対1の同点から後半の終了間際、ロスタイムに大黒選手のシュートが決まり2対1で日本が勝利した。

スチュワーデスという言葉から客室乗務員という言葉を多く聞くようになってから暫く経っている。

 

彼女は現在何をしているのだろうか?この試合や映画の「殺人の追億」は観たのだろうか?

 

この旅行から20年という時間が経過している。

彼女にはお孫さんがいてもいい年齢だ。

ポルノグラフティの曲を聴きながらあんずジャムをなめ、春の訪れた緩くなった空気の中であれからのお話をしたいと思ったのは僕だけだろうか?

 

 

 

 

近所のこのスーパーは特売の日にはアドバルーンが上がり花火も打ち上げられる。

行列も出来てなかなか盛況である。

最近はこのローカルなフレイヴァ-が楽しいのである。